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iPODミニの帰還とホリエモンパンクロック説
昨日iPODミニが修理を終えて送られてきた(と思っていた)。アップルの対応は非常に良かった。修理センターへの到着メールから発送までの過程は全部ネットで見ることができた。解らなかったのはネットで交換と書いてあったことをバッテリー交換だと思っていたが新品と交換だったこと。しかも90日無償サポート付。儲かった気分。

もっとおかしかったのは修理品を送った翌日、アップルから小さい箱が送られてきたので、早すぎ!きっと交換だったのだなと小箱を受け取るとやけに軽い?中を見ると私が送ったiPODミニのパッケージだけが入っていた。紙が入っていたので読んでみると、修理受付時に本体だけを送ってくれと書いてあるのに(だからイアフォーン、アッタチメントははずして送った)あなたから送られてきたものはパッケージ付だった。本来は本体以外のものは返さないと明記してあるが、今回は返します。という丁寧なものだった。

アップルはコンピューターではマイクロソフトにやられてしまったが、スティーブジョブスはやはり凄い。アップルのもともと持っている図抜けた感性技術力を引き出してこのような形で会社を立て直した。今やアップルの全売上の中で一番はコンピューターではなくてiPODだそうだ。しかもマイクロソフト社でも同じような製品を製造しているにもかかわらずマイクロソフト社の社員の70%以上がiPODを使っているそうで(表向きの調査)ビルゲイツが頭に来ているそうだ。技術力+かっこいいことが解る感性力。往年のアップルの魅力復活はなぜかうれしい。

最近ホリエモンを擁護する記事が海外から多くあると週刊誌で竹村健一が書いていた。ホリエモンは現代感覚で起業の魅力を表現できる貴重な人材だったので私は一連のパッシングを悔しい思いで見ていた。私は音楽で言うとホリエモンはパンクロックだと思う。古くはローリングストーンズやセックスピストルズのイメージに近い。既存のシステムを軽々と越えてみせた彼ならきっと財産マイナスからでもやり直せるだろう。ストーンズも大した事の無いないことで叩かれている。社会とはそんなものだ。日本でもリクルート事件を思い出す。彼もやはり東大中退組だったと思う。とんがったものは必ず一度は叩かれる。ホリエモンは検察の取調べにも一貫して自分は悪いことはしていないと言っているという。頑張れ!宮内あたりとは志が違う。

さて、自分のことになると声が小さくなるが(笑)いい感じです。 いいものが出来そう。フィニッシュまで気を抜かず頑張ります。そろそろ誰かに聞いてほしくなってきた。
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【2006/03/31 17:56】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
雪ですよ雪
昨日、今日となんて寒いんだ、雪ですよ雪。せっかくウオーキング再開したのに温泉につかりたい気分。外を見るとなんと、また凄く降ってきた。

今日、明日これまでのまとめにかかっている。同じ曲でバージョンが3つも4つもあるものがあってチョイスの問題もあるが、とりあえず、これまでの軌跡をなぞってみることも必要だ。新しい発見もあるかも。


制作環境の見直しも必要。マックの調子が悪いので(今もフリーズしている!)、編曲部分をウインドウズへ移行することにした。マックはほとんどレコーダーに成り果てる。

【2006/03/30 11:31】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
すかすかのサウンド
いよいよPCがやばくなってきた。しかし、根拠のない確信があって、あるところまでは持つと思っている。今も少し休ませている。再起動では不満らしく、少し休憩させると2時間ほど動くが、使っていると段々動きが鈍くなってある時フリーズする。これを繰り返しているわけだ。プラグインを使うと正常な動きの時間は短くなる。。。。

そんなこんなで、今の環境での曲つくりは佳境に入ってきた。作れるモードに入っているから不安は消えたが、時間がかかる(笑)後一ヶ月はかかると思う。歌詞は少しずつ力が抜けてきているようでうれしい。曲も余分な力が抜けてきた。響きが聞こえる、すかすかのサウンドも出来そうだ。さて、PCに電源をいれるか。
【2006/03/29 05:59】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
夢を見た
私の育った小松の実家はいわゆ「るうなぎの寝床」と言われる細長い家で、通りから一番奥に自分の部屋があった。あるとき家へ帰ると母が必死になって突然現われた結構な大きさの小熊を追い返そうとしていた。

私もいろんな事をして脅したりするのだが、人懐っこい小熊はいっこうに帰る気配がない。私は良いアイデアを思いついた。そして近くにあった殺虫スプレーを取り、小熊に向かってたっぷり吹き付けた。すると小熊は悲しそうな顔をして帰って行く。

気がつくとそれは雌の小熊だった。私は申し訳ない気持ちで一杯になった。救われたのは帰り道に雨水が瀧のように落ちている場所があって、小熊がそこでスプレーの液を洗い流している。

すると親熊が現れて小熊を慰めている。小熊は私を振り返って見た。「お友達になりたかっただけなのに」。

この夢で思い出したことがある。

店をやっていた頃、一時期金沢大学付属病院の精神科のお医者さんが数人常連になっていたことがあった。精神科の新人歓迎パーティーなどもあり、40人ほどの精神科医が集まった。

しばらくすると外出許可のある患者や通院患者が来るようになった。あるときその一人に何でみんなここへ来るのかと尋ねると。私が話を聞いてくれるからと言う。 私には彼らの話が面白かった。「死になさい」という幻聴が常に聞こえ、リストカットを繰り返す女性の日記を見せてもらったことがある。内容はほとんど覚えていないが、生々しい文字が記憶に残っている。

ある夜、もう閉店間際の深夜、カウンターに数人だけになった。ミュージシャン志望のR君はかなり酔っ払っていて、しょうもない話を繰り返している。私は疲れたので彼らの間に入ってそんな話を聞くともなく、聞いていた。すると突然Oさんが「R君に憧れているのに、そんなくだらない話は止めて」とか言い出した。

なにせ酔っ払いであるから、R君も止める気配がない。私もうんざりして聞いていたが、Oさんの口調が強くなっていく。そして突然「止めて」と絶叫してカウンターにあった小さな植木鉢をR君に向かって投げつけた。額に5針の裂傷だった。。。

もう一人の女性患者は店で働いていたA君に失恋して、バイクで爆走、広坂でこけてあばら骨、大腿骨骨折で3ヶ月の入院というのもあった。私は彼らと距離を置くようになって行った。
【2006/03/26 08:40】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
春めいてきた金沢
ようやく春めいてきた金沢。予定は一ヶ月ほどずれ込みそうだが、このほっとする春の雰囲気を取り込めるのは全体にとっても良いのではないかな。あとで散歩して写真を撮ってこよう。

バッテリーの調子の悪かったiPODを修理に出した。本当は手元においておきたかったが、保障期間ぎりぎりだったので思い切って手放した。いつ届くかなあ。

コクシネルに東京で7月ライブのお誘いが来る。まだ実現するかわからないが、7月だったら自分の制作も一段落しているところだし、タイミングもベストだと思う。

しかし、いい話ばかりではない。昨日の夜10時過ぎ、菊川の交差点を片町方面へ右折しようとした時に(信号は右折用の矢印が出た)どんぴしゃのタイミングで女が横断歩道を小走りに渡って来た。私が少しでもよそ見をしていたら確実にドカンだった。とっさに確認したが横断歩道の信号は赤だった。自殺でもなかろうに、運命はいつでも不気味な口を開けて待っていると実感。皆様も油断めさるな。
【2006/03/25 11:18】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
この数日いろんなことが起こった
しばらく引きこもっていたのだが、この数日はいろんな人に出会い、いろんなことが起こった。まず長男が地元の国立大学には受かったのだが、どうしても志望校に入りたいということで自分で勝手に新聞配達で授業料や給与がもらえる奨学制度に申し込み、予備校生として東京で一人暮らしを始めた。

また、コクシネルでお世話になっている野田氏が金沢へ来た。そのおかげで、21世紀美術館での「上野耕路」さん(コンセプトのある知的な音楽表現の面白さ)。もっきりやでの「さがゆき」さん(即興性を取り入れた歌の技術の高さ)を体験することが出来た。

制作の反省点として、完成を急ぐあまり、容易に作れるという制限を無意識に設けていたようだ。やはり作曲とは新たな自分へのチャレンジ、新しい音楽を作るという原点に帰ろう。「簡単に作れるもの」が凄いものになるはずがない。出来たとしてもそれは「まぐれ」で継続可能なものではない。新たな気持ちで制作に取り掛かかることができる。

実は久しぶりにギターを弾いている。現在可能なプレイという範囲を取っ払って、心に浮かぶ音をギターで工夫するという自分の原点に帰ろう。時間はかかるかも知れないが、合理的に考えるのをやめ、感性を頼りに行き先の知れないところへ行ってみようと思っている。

【2006/03/22 01:24】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
zzzzz
この2日間の仕事を改めて聞き直し、なんてつまらない音なのだろうと凄くがっかりして、とても落ち込んだ状態だった。あまりのことに少し眠ったzzzzz

息子からの電話で、はっと目覚め、とにかく始めようと作業を開始。果てしなく思える作業。「まず聞くことから」と私の師匠筋の人が言っていた。音を体で感じた時の体と心の変化が引鉄になる。その時だ。私はセカンドステージに立てたと感じた。対策はある。楽しみながらゆっくり始めよう。息子から電話がありて父思う。人生、その立場に立たないと解らないことがある。
【2006/03/17 03:11】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
不思議体験
不思議体験音楽となると私はやはりビートルズ。新しいアルバムに針を落とす瞬間は本当にドキドキしていた。そして必ず予想を裏切る聞いたことの無い音が飛び出してきた。あの驚きは何物にも替えがたい。金がなくてHELPのアルバムを次の月まで買えなかった時に友人の家で聞いたYesterdayも不思議体験だった。弦楽四重奏なんて聞いたこともなかった。なんて美しくて不思議な世界だと思った。

その頃地元で見ることができた洋楽番組は唯一アンディー・ウイリアムス・ショー。あの番組で本当に上手なアーティストを知り、日本の音楽番組との違いに圧倒された。その頃から洋楽一筋になってしまった。FENを初めて聞いたときも感動したな。やはり私は体験したことのない、自分が感動するあの瞬間が好きなんです。
【2006/03/15 04:01】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
昭和30年代
父は私が小学校に入る前後、いろんなところへ連れて行ってくれた。その日は多分6月頃だったと思う。私は親戚とか父の仕事関係の人に連れられて木場潟へ出かけた。小松市には周辺に今江潟、柴山潟と汽水湖が3つもあって、今から思い出すと素晴らしい環境だった。父は夏になると午前5時とかに起きだしてよく私を釣りに連れて行ってくれた。片道3キロ~4キロだったと思うが、父のこぐ自転車の後ろに座って背中を見ていた記憶が鮮明にある。父の背中には軍隊当時に世話をしていた馬に噛まれたという傷があった。

木場潟に着く頃にはあたりはもう暗くなっていた。何をしに行くのか父は「秘密、秘密」と言って教えてくれなかった。私達は車を降りると大人の背丈よりも高く生い茂った水草をかきわけ歩いて行った。昭和30年代当時は街灯などあるはずもない。真っ暗な道なき道を私は必死になって大人について行った。

そしてようやく開けた場所に出た時の驚き。生まれて初めての衝撃。それは蛍の群生だった。もの凄い数の蛍が空中を飛び交っている。私は暫く動けなかった。それが「蛍」だと知っていたかどうかも覚えていない。私は少しずつその群れの中へ歩いて行った。世界は蛍の出す淡い揺らぎのある光で静まりかえっている。数匹の蛍が私の体にとまった。私はその光を見つめ陶然として立っていた。

遅い夕食の後、こたつで熟睡していた私が目を覚ますと隣に中学1年の次女がテレビを見ている。次女はテレビが大好きで本当に良くいろんなことを知っている。流行の音楽も全て彼女から教えてもらっている。私は目覚めたことが解らないようにして画面を見ている。最近、ヒットしたテレビドラマを深夜に再放送しているようで、今日は「世界の中心で愛を叫ぶ」だ(実は初めて見た)。その独特な重いストーリー展開に「これがセカチューか」と新鮮に見ていると蛍のシーンが出てきたのだ。(無人島に行った日の話だ)

子供の頃の感動が蘇る。私の感動はいつも不思議体験だった。私の人生のテーマ。人間ドラマも好きだが、告白すると本当に感動するのは不思議体験なのだ。理解を超えた感動。あの蛍体験の質感をデジタルアート、プログラミングされたライティングで出すのは難しいだろう。

娘は私が目覚めたことに気付いてドラマの解説をしてくれている。船着場でヒロインが倒れる場面にさしかかると「次のシーンは切ないよ」とか「ここは回想シーンだよ」とか、「未来ポスト」の説明とか。感性の良い優しい娘。彼女はどんな体験を重ねているのだろう。
【2006/03/14 03:14】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
雪、15センチ積もるらしい
雪だ!雪だ!明日も平野部で15センチ積もるらしい。春だ春だと書いたのは一週間前。まだスノータイヤのままで良かったというか、今年の冬は長い。

そして地味な作業が続く。自分で区切った締め切りまでもう20日しかない。中途半端なものは出したくない。とはいうものの「本当に作れるの?」という大きな恐怖にさいなまれ始めている。曲は出来てもアレンジを含めて仕上げまでの選択肢は無限だ。今はこれだ!という私の世界観が本当に創れるのだろうか。

文芸春秋で芥川賞の受賞作品が紹介されているが、選考委員の一人である石原慎太郎が「近年の作品は小粒で自分を驚愕させるだけのものが無い!」とご立腹である。彼が言わんとするところは痛いほどわかる。そんなものを作りたいのだ。まだまだだ。
【2006/03/13 01:11】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
PODxtの修理が完了
PODxtの修理が完了して本日到着。前回と同じ電源スイッチ部の故障だったので修理代は無料!早速PC上でエディットできるエディターソフトをダウンロードして試している。PODxt本体の小さい画面上でのエディットから解放され、しかもこのソフトはなかなかのもの、一言ではいえない多くの利点がある。心強い環境が手にはいった。

前の日記の「手引きにこだわるキーボード入力」に反響があったが、非常に幼稚な入力なので、あまり過大評価しないでください(笑)やはり長年馴染んだギターのニュアンスは出せません。これで制作のスピードアップが可能になった。しかし和音を入力するだけで分散和音を生成するアルペジエーターなんていうのはギターでは出来ないね。
【2006/03/10 22:10】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
時にはジョグったりして
今日もウオーキング敢行、時にはジョグったりして元気元気。しかし煙草の本数は増える(笑)。作業は淡々と進んでいるが、心配ごとがひとつある。それは今メインで使っているG4の調子が悪いことだ。今ノートンをかけている。しかし、これクラッシュしたらどうなるんだろう??ここらへんにデジタルの脆さがある。そんな怖いことは考えないことにしよう。バックアップ、バックアップ。

環境がどうのこうのを受け入れて作るところに個性が生まれる。例えば手弾きで入力したデータは安易にクオンタイズしたくなるが、そんなことしたらここにしか無いものが失われてしまう。丁寧に修正個所だけを編集する。今までは後で修正すれば良いと考えて適当に弾いていたが、一曲完走できるまで弾きこなすことによって1ランク上のアレンジに到達できる。時間はかかるが無駄どころではない。自分の今の限界を超えるにはこれしかないのだ。
【2006/03/09 03:15】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
一人暮らしの淋しさ
私の大学生活は惨めなものだった。志望校へ入れなかったことが大きい。大学には最後まで馴染めなかった。いま自分の息子が受験なのだが、行きたいと思った大学へ入って欲しいと思う。ここで妥協するとろくなことはない。一浪ぐらいなら全然オッケーだと思っている。

大学のすぐそば(窓を開けると大学が見えた)にある20人くらいの大学生専用のアパートは3畳一間で家賃が2500円。トイレは共同だった。当時はそんなものだった。最初のフランス語の授業で中核派が乗り込んで来て、この時間を臨時の学生集会にすると宣言する。教師は大人しく脇へどいて学生のなすがままだ。この大学は関西の中核派の拠点校ということで、よく革マル派と争っていた。投石など日常茶飯事で、機動隊のバスがいつも学校の近くに待機していたものだ。

しかし、私達の世代は東大の安田講堂が陥落するのをテレビで見ながら受験勉強をしていた世代だ。期せずして帰れコールが出た。私は話を聞いてみたいと思う気持ちもあったが、大勢はもううんざりという空気だった。倫理学の先生がとても人気があり、500人も入れる講堂が一杯だった。私もショーペンハウエルとかの講義を聴いたが正直何を学んでいるのかが良く解らなかった。

自分の中には知的な好奇心もあるのだが、同時に非常に下世話な部分もある。しかしそんなことよりも初めて経験した一人暮らしの淋しさに圧倒された。逃れるために特に怖い夜は麻雀にのめり込む。昼は寝るかギターを弾いていた。しかし、とうとう耐え切れずに同棲をはじめた。それ以来一人暮らしをしたことがない。

夜中一人で眠れないときなど天井の模様がぐるぐると回り始め怖くなってくる。生きるとか死ぬとかを考えるようになる。そうなるともうだめだ。自分には死ぬことなど怖くない。どうせ死ぬのだからというような乱暴な性格があり、もう一人の自分がそんなシチュエーションを懸命に避けようとする。私は高所恐怖症なのだが、何が怖いのかというと飛び降りたくなるからだ。下を見るともうだめである。吸い込まれていく感覚がどんどん強くなってくる。先祖に高いところから落ちて死んだ奴がいるに違いない。

【2006/03/07 03:13】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
時間の配分が変化し始めた
25年前新宿のゴールデン街でハバナムーンをやっていたけい子さまからメールが届いた。映画関係、演劇関係、そして音楽関係の客が中心で、坂本龍一が来たこともある。天国注射の夜等の自主コンサートを主催してくれて私達ミュージシャンの頼れるママといった存在だった。そろそろ始動するそうで楽しみにしている。

リアクターで遊んでいたら素晴らしいコンプレッサーを発見。こんなことが積み重なって出来上がっていくのか。この遊び心をいかに制作に昇華していけるかが大きな分水嶺だろう。今まではただ遊んでいた(笑)しかし骨になるのは自分一人でやれることだと今も思っている。制作に対する時間の配分が変化し始めた。
【2006/03/07 02:22】 | 音楽とコンピューター | トラックバック(0) | コメント(0)
創造研究家


社会との関係性をアートしています。自分の脳を創造し、その脳が何を作り出すのかが見たいという間接的な創造を考えています。

プロフィール

池田洋一郎

Author:池田洋一郎
アート系で社会との関係性を創造しています。ミュージシャンでありますが自分のイメージは少しずれています。自分の脳を創造し、その脳が何を作り出すのかが見たいという間接的な創造を考えています。

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