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う~ん完璧
今日は午後から金沢市役所で「金沢ブランド研究会」の委員会。先日「アート降る、金沢。」に決まったコピーのロゴの制作に関しての話合いや、その使用をどう進めていくかを話し合った。もっとも座長の蓑さん(金沢市助役・21世紀美術館長)がセンスの良い人なので、どんどん進めていくのでこちらは時々思ったことを言うだけで良い。

前回の文化ホールでの一日和服を着るというアイデアは今日の委員会では誰も話さず、少し淋しい気持ちだったが、今日はロゴの日ということだ。頑張りすぎると浮いてしまい逆効果だと自重。私も大人になったということか(笑)

水曜日から3連荘で美大の特別講義があるので、その準備も始めよう。ブログで書き込んだ音ネタを取り混ぜながら話そうと思っている。ノートブック一つ持って行けばアシッドやNI関係のソフトを見せることが出来る。初日は自己紹介も兼ねて、これまで私がプロデュースしたDVDやアニメーションを見せる。最終日は皆で何か作ってみるという計画だ。う~ん完璧。
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【2005/11/28 23:05】 | 音楽とコンピューター
初の富山県でのライブ
昨日は個人名義としては初の富山県でのライブ。砺波市のカレーショップジンジンというところだ。素敵な場を作っていただいて千田さんに感謝。彼の友人関係の方々が多く見えられ客席は満杯状態。

コンサートタイトルが「池田洋一郎めんたんぴんを歌う」とういうことでその昔めんたんぴんのステージに触れられていた方もいて、演奏中そんな方々の熱い気持ちが伝わり、こちらもちょっとやばい時があった。本当にありがたいことだ。

昨日は日記にも書いてあるが風邪が長引き体力的にはかなりやばかったが、邪気が全部汗になって流れ出てしまったようで、終わった後には心地よさだけが残った。

私は昨日の場で「めんたんぴん」を卒業したと話した。これからもめんたんぴんファンの人にも納得していただけるような池田洋一郎のステージを作れるように精進していきたい。とにかくこの冬は新作だっ!

【2005/11/27 16:00】 | 音楽とコンピューター
同棲時代
私の大学時代はとても奇妙だった。当時の世相は上村一夫「同棲時代」阿佐田哲也「麻雀放浪記」などがヒットし、若者はギャンブルに手を染め、大学生同士が同棲することがトレンドであった。私などはこれらの風潮に全く同化していた。時代の流れというものは恐ろしいものだと思う。当時はそのことに全く疑いを持たなかった。

朝起きるとまずパチンコだ。勝てば続けるが、負けると学校へ行くかギターを弾く。夜になると麻雀のメンバーを捜す。見つかれば誰かが止めるというまでやる。ある時など誰も止めるといわないので72時間続けたことがあった。メンバー全員が目に酷い隈を作って大笑いだ。どうにもやめられないので隣にあった小学校でソフトボールをして止めようということになり(その日は日曜だった)、フェンスを乗り越えて本当にソフトボールをした。バッターはスイングする度に転げ砂埃が舞った。腰がふらふらなのだ。当時麻雀はあぐらをかいてやっていたので、本当に腰にきたものだ。

同棲していた国立大学生は真面目な女だった。私が大学を卒業すればまっとうなサラリーマンになると思っていた。私がミュージシャンになり大学時代と同じような生活に送るとは思っていなかった。私は彼女の絵画や美的なセンスを素敵だなと思っていた。時には私が余りにも長時間ギターを弾いているので創作に集中できないと文句を言って来たこともあったが、今となってはたわいのない喧嘩だ。私はベランダに出てギターを弾いていた。

それがあるとき、階下に住んでいた彼女と同じ大学のやはり同棲していた2人から鍋パーティーをしようという提案があった。断る理由はない。彼らの方の女は私が駅前でパチンコをしていると時々後ろに立って話し掛けてきた。肉感的ないい女だった。私は今でこそ酒を嗜むが当時はからっきし酒に弱かった。笑い話だが高校生の時、一度酒を飲んでみようと、おやじの「だるま」古いねえ、サントリー・オールドというやつだ。をかっぱらい、キャップ一杯飲んでぶっ倒れたことがあった。本当に弱いのだ。その日も途中までは鍋を食っていたが、すぐに眠くなってベッドに横になっていた。酔っ払って目が廻っている。会話が遠くから聞こえている。ああ、今日もこれで眠りこけるのか。その時だ、誰かが私の布団の中に入ってきた。

見ると階下の女だ。同棲している男が「Sちゃんも酔っ払っちゃったから洋ちゃんのそばで休んでいればいいよ。」と言っているのが聞こえる。しばらくは時間が過ぎた。狭いベッドに若い男女が二人並んでいる。それもお互いを憎からず思っている。少しずつ体が近づいていくのが解る。お互いに体を触れ合うまではそんなに時間はかからなかったと思う。その時だ男がタイミングを見計らったように灯りを消した。そして男は私と同棲していた女に迫っていった。

私はもう止められなかった。正直言って彼女の体はたまらなく肉感的だ。遠くで「やめて」と女が叫んでいる。こちらはもう最後の一線を越えてしまった。挿入した時には思わず二人同時に声が出た。遠くでは「何をするの。やめて」とか、こちらへ向かって「洋ちゃん、やめさせて」というような声が聞こえる、私達の方は瞬く間に果ててしまった。生涯の記憶に残る快楽だった。そして、私と同棲していた女が気丈にも男から逃れ外へ出て行ってしまった。残された3人だけの奇妙な時間が過ぎていく。そのうちに彼女が部屋へ戻り、階下の二人に帰ってくれと言う。彼らは帰っていった。

私は謝るしかなかった。彼女も事に及んでいたらどんな人生になったかはまた興味のあるところだが、この立場は最悪である。彼女が言うにはその男が企んだことに違いない。その男が前から自分に気があることは知っていたという。しかし、彼女にとっては気持ちの悪い存在でしかなかったという。私に「何故止めなかったのか」と女は問い詰める。私には返す言葉が見つからない。思わずはさみを取って髪を切り坊主になって詫びた。

2~3日立ってその女とすれ違った。「洋ちゃんごめんね」と言う。しかし、私には何とも応えようがない。ところが翌日になって男が私に話しがあると言ってきた。彼が言うにはお前は俺の女とやったのに、俺は出来なかった。おれはやられ損だ。というような趣旨の話だ。私は彼女がこいつを気持ち悪いと言った訳が解ったような気がした。

そして秋が来た。その事件もあってブルーになった。部屋から出ることが少なくなってきた。パチンコに行くか飯を食いに行くくらいだ。昼頃起きて夕方暗くなるまで空を見ていた。真っ青な空に雲が流れていくのを眺めていた。いくつか曲が出来た。「何もしたくない時、あなたは何をする」すべてが嫌になった。思い立って再受験をしようと思った。志望校に入れなかったことが悪いのだ。しかし、始めるにはちょっと遅すぎた。そしてますます音楽にのめりこんでいった。
【2005/11/27 15:47】 | 音楽とコンピューター
eAT金沢の話(5)
eAT金沢の話(4)をアップしてから随分時間が経ってしまった。めんたんぴんをめぐる騒動(笑)に気を取られてしまったこともあったが、eAT01はそれまでの流れから少し違ったニュアンスがあり、そのことを考えていると筆(キーボード?指?)が重くなってしまったからだ。

eAT01のプロデューサー、タナカノリユキ氏は当時売れに売れていた。当時破竹の進撃を遂げていたユニクロのCM(屋外でノイズ交じりのまま普通の人をインタビューするもの)やナイキのCM(視覚障害者が鈴の音を頼りに走り幅跳びをするもの)等を手がけて余りの忙しさに市役所でもなかなか連絡がつかず、スタッフは大いに苦労されたという。

そしてあらかじめ決められていた第二回目の委員会に彼は欠席した。「プロデューサーが欠席か」委員会の席にはなんとも言えない風が吹いた。eATの委員会は年に2回ある。第一回目に任命されたプロデューサーが地元の委員に紹介され、自分の展開したい案を述べる。そしてそれが承認され、実行可能な具体的な案を固め、第二回目で正式なプログラムとして承認されるのだ。

タナカノリユキ氏をとりまく環境が当時どんなものであったかは想像にかたくないが、市役所の担当者からどんなに連絡を入れてもつながらなかったり、彼を推薦した人にとっても大変な状況であった。しかし、本番は素晴らしかった。彼は弁舌にも長けた才能溢れるプロデューサーであった。

名人賞は糸井重里氏、それまで聞いた誰よりも解りやすく今日のインターネットの働きを紹介した。オープニングフォーラムでのケンイシイ氏(元電通マンでテクノ系DJの日本の草分けとして世界に進出、当時オリコン1位のアルバムを発表していた)の参加もタナカノリユキ氏だからこそ実現したものだろう。「Design X RAVE」と命名されたセミナーは以下の通り。

セミナーA
「モーショングラフィックス」田中秀幸(映像デザイナー)
原田大三郎(CGアーティスト) 菱川勢一(ドローイングアンドマニュアル、クリエイティブディレクター)コーディネーター:中島信也

セミナーB
「モバイルデザイン」 飯塚俊郎(松下通信工業(株) マルチメディアライフクリエイトセンターデザインクリエイト部長)宮田人司((株)ゼン代表取締役社長)高城 剛(ハイパーメディア・クリエーター)
コーディネーター:タナカノリユキ

セミナーC
「V・J」 平野友康((株)デジタルステージ、メディアクリエイター)
ヒロ杉山(ディレクター、イラストレーター)宝生さふか(映像作家)
コーディネーター:池田洋一郎

セミナーD
「デザインするのはどっち? クリエイター or ユーザー」八谷和彦(メディアアーティスト)福冨忠和(マルチメディアプロデューサー、ジャーナリスト)宮崎光弘((株)アクシス、アートディレクター)
コーディネーター:中谷日出

いやはや、凄いものである。第八代プロデューサーとなる中島信也氏、第九代プロデューサーとなる宮田人司も参加している。その時代の本当に先端をいったものだ。VJのコーディネーターを私が務めているが、正直言って私は2年は遅れていただろう。私がモーションダイブを買ったのはこのセミナーの後だった。その半年前に買っていればよかったと今でも悔やんでいる。

しかし私が10回のeATの歴史の中で、この回だけがなぜか異質に感ずるのは、当時ピークを迎えていたアーティストが大挙して集まったのは良いのだが、ただ自分たちの専門分野を披露するにとどまり、講師間や地元金沢との接点が少なかったからではないか。アーティストは創造時は非人間的にならざるを得ない。ひらめいているときにはどんな人から誘われても断るくらいは不思議ではないし、葬儀の席でも冷静に観察しているような視点がなくては創造はできないものだと理解している。

しかし、今の私は違うところに立っている。創造は環境とともに為されるコラボレーションなのだ。タナカノリユキ氏は当時そのことに気付いていなかったと私は思う。この違いは「凄いなあ」と思わせることにとどまるか、「人を感動させる」まで行くかの微妙な境界なのだ。そのことに気付いていた人、この回に参加した人たちが最も心を奪われたのが中島信也氏だった。彼の話術、作品がeAT金沢をしっかりと地に足のついたものとし、それからのeATを見事に軌道修正していった。
【2005/11/27 14:18】 | eAT金沢
我慢
体調がどうにもぱっとしないのでショック療法もかねて昨日と今日とプールに行って来た。おかげで少し良くなった感じだ。明日の(正確には今日26日)砺波市でのライブに向けてなんとか間に合ったようだ。昨日は千田さんが練習に来てくれた。富山県での初ライブである。

プールの帰りに国立病院へ友人を見舞う。胃潰瘍で血を吐いたそうだ。幸い手術をする必要はないそうだが、病室へ入った時に見た彼の顔が忘れられない。血の気が引いた土色の顔、無精ひげ、私と同じ年齢だ。自分も病気をするとこんな顔になるのだろうかと思った。早く復帰して欲しい。

テレビで越路吹雪の一生を見る。やはりこのレベルの人になると壮絶な人生である。作詞家の岩谷時子さんが宝塚時代からのマネージャーだったとは知らなかった。こんなレベルの人がずっとスタッフとしてついていたこと自体、越路吹雪の凄さを証明している。さだまさしの歌い方が彼女そっくりだと気付いたり天海祐希のファンなので楽しく見ることができた。

仕事がだいぶたまってしまった。本当は今週中にフィニッシュしたかったことが3つある。来週になるとまた増える。そしてどうしてもこの冬に作品を仕上げたいと思う。体調を戻して全力投球できる環境を整えたい。今日は煙草を我慢することが出来た。明日からやるぞ~!
【2005/11/26 01:56】 | 音楽とコンピューター
テリー・ライリー
テリー・ライリー(70歳)、デイビッド・タネンバウム(50歳位)の二人のステージである。デイビッドはコンテンポラリー(現代音楽)も演奏できるクラシックギタリストとして武満徹が日本へ紹介したミュージシャンだ。

テリーの楽曲はどれも彼の創始した、フレーズの繰り返しが変化していくいわゆるミニマルミュージックで、インド音楽などの民族音楽に対する深い造詣、ビートニク時代からの筋金入りのアーティストである彼のウイットに溢れたセンスが光る。

19/4拍子の曲や、純正律チューニングのギターとキーボードのデュオなど、聞き所はたくさんある。しかもテリーのボーカルもなにやら宗教のカリスマっぽい深い声である。最近ステージで「池田のギターは良いがボーカルは」と言われている身にはなにやらヒントになりそうだ(笑)。

客層はアート関係のイベントには良く顔を見る方々で、何人集まるのかと不安だったが、東京で300人というのに金沢で2回とも100人以上集まり、私には信じられない(失礼)思いだ。初日は客席にコンピューター・ミュージックのカール・ストーンさんも名古屋から来ていた。カールに「テリーはあなたの先生ですか?」と尋ねると「先輩です」と答えた。日本語を良く知っている(笑)。

純正律というと知らない方もいるので少し説明すると、弦の長さが3:2の関係がドと上のソの関係、4:3がソとドの関係というように、同時に2つの音を鳴らして心地よく共鳴する音程は整数の関係であることが知られている(発見したのがピタゴラスさん)。しかし、それを活かして楽器を作ると「調」(ハ長調やニ長調など)ごとに調律された楽器が必要になり、一曲の中で「調」が変わる度に違う楽器を弾かなければ音程が狂ってしまうことになる。

それを解決したのが現在使われている平均率で、わざと物理的には少し合わないように間を取って調律することによって、一台の楽器ですべての調を弾けるようになっている。だから耳のよい人にとっては純正律の響きはとても心地よいはずなのだが、私のように平均率と純正律の違いが良く解らない人間にとっては、デイビッドの弾くギター(一台のギターで純正律を弾けるように作られた特製ナショナルスティールギター)が逆に調子外れに聞こえてしまう。

なにせ、普通のギターではフレットは一直線上にあるのだが、彼のギター(ルー・ハリソン制作)のフレットは弦によってばらばらなのだ。(良く弾けるものだ)。私的には非常に興味深いものであるが一般のお客にとってはどうであろうか。

それでも初日は意外にも(失礼)拍手があり、アンコールがあった。二人のお人柄というのもあるし、曲名は忘れたがテリー氏がビル・エバンスの曲を取り上げるなど、硬軟取り混ぜた自在なパフォーマンスが終演後も心地よく残った。美術館の近藤課長にテリ-氏を紹介していただいたが、カムフォタブルと何度も言った覚えがある。ウイットに溢れた素敵なおじいさんだ。

打ち上げは「あまつぼ」。別に予約してあったわけではないが、土曜日ということもあって、ここが空いていたということだ。天狗舞を飲んでビールも飲んでしっかり食って12人で三万六千円はリーズナブルだった。テリー氏の奥さんがとても素敵な人で、こまごまと世話を焼いているのがほほえましかった。

須藤氏とはそれから彗星倶楽部で飲み直し。最近は美大関係者(先生も学生も)の溜まり場になっているようだ。12時には帰宅したのだが、こたつでいびきをかいて寝てしまった。風邪が治るはずがない。しかし、早朝に起きてトレーニング。最近午前中にトレーニング出来るようになってきた。良い兆しだ。

そして2日目。私には見た目にはそう変わらない客層が昨日とは微妙に違うように感じられる。昨日は拍手があったおしゃれなエンディングにも拍手がなかったり、演奏者も少し戸惑っているようだ。しかし、彼らは自在に昨日とは違ったセット(曲順)に代えつつ立派に最後まで演奏し、アンコールに応えた。私はふとこんなことを思った。ツアー等で始めていく土地というのはいやでも緊張する。自分たちのパフォーマンスがこの地では受け入れられるのだろうかと不安を覚えるものだ。しかし、一度受けることが解ると精神的に凄く楽になる。それはスタッフも含めてである。だから油断が生まれるとまでは言わないが、初日のテンションは格別である。お客は始めて見るのだから客のテンションの方が高いこともあるということだ。巨匠とは言え、ステージに立つ者は同じなのだ。みんな平等に厳しい場に立つということだ。
【2005/11/20 21:43】 | 音楽とコンピューター
細木の料理番組が好きだ
昨日から喉が痛い。この時期に風邪を引きたくないので、うがいやら薬やら睡眠やら栄養やら、とにかく考えられることは全て行った。そしてのどの痛みは大分やわらいだ。あれだけ養生してこんなだから、そうしていなかったらどうなっていたことか。今年はインフルエンザの予防注射を受けておくか。今年初めに最近珍しくインフルエンザにかかってしまい、一週間くらい酷い目にあった。

そんな合間を縫って21世紀美術館へ須藤さんに機材を届ける。今日から始まるテリー・ライリーのコンサートで使用する機材だ。テリー・ライリーはミニマル音楽の代表として知られているがもう70歳以上だと思う。彼自身は作曲家でピアニストだが、今回はギターの人も来るそうだ。今日はライブを見に行きます。打ち上げにも参加できるのでレポートをお楽しみに。

さて、テレビでは細木数子が引っ張りだこだ。毎日どこかに出ている。もう十年以上前になるが店をやっていた頃、例の占い本を店頭で読み、良く当たっているのでお客用にもと全部買って読んでいた。すぐにブームになったが、これだけお茶の間で支持されるとは思わなかった。彼女のキャラも凄い。一時のサッチーブームとは質が違っていて、彼女は人の魂を説く。これまでテレビで彼女の権威に対抗できたのは私が知る限り渡哲也ただ一人だ。渡はやはり凄い。

私は細木の料理番組が好きだ。素人料理の最高峰だと思う。料理はちょっとした工夫や意外な組み合わせで劇的に上手いものが出来る。日本人が最も得意とする分野だ。日本の産業も職人達のたゆまない創意・工夫でここまで進歩してきたのだ。音楽も然り。常に進化し続けたいものだ。

【2005/11/19 07:44】 | 音楽とコンピューター
多くの人と交わっているとこんなことが
昨日は石引商店街のHP委員会のミーティングを兼ねた会食があった。10回あった講習会の最後の2回で歳末セールのポスターを制作。今後の方向も決まった。HPを各自が作れるようにすること。エクセルの活用の二本柱だ。HTMLに関してはHP作成ソフトがたくさんあるので問題はないがFTPをはじめとする仕組みの理解や映像を使う際のフォトショップの知識が必要になってくるので裾野はかなり広い。

会では石引商店街の今後について多く話され、私も興味を持って聞いていた。環境は人を作る。石引商店街はこの地に住む人々にとっては環境問題だ。豊かな未来を作りたいと思った。

帰ってからギターを弾いていたら、なんとも懐かしいようなフレーズが出来た。弾きながら「これはトム・バーライン」だなと、妙に客観的な聞き方をしている。

昨日午後はデジタルサウンドの講義の日だったのだが、先日行われていたデジタルミュージックコンテスト(確か総務省系)の課題映像にサウンドをつけるということをしている。皆達者である。もっともアシッドを使っているのでそこそこのものは誰でも作れる。しかし「先生出来たよ」と言われて、はいはいと学生のPCまで行きヘッドフォンできいてみると大概ははっとするほどまとまっているのだ。しかし、昨日ある学生のものを聞いて実は「感動」してしまったのだ。大概はクラブ系のアプローチが多い中でアコースティック系は珍しく、人を泣かせることが出来るようなものが感じられたのだ。

この体験がトム・バーライン的なフレーズ誕生の一つの引鉄になったことは疑いようもない。もちろん、その手のサウンドを欲していた自分があったのだろうが、多くの人と交わっているとこんなことが起きるのだ。自分ひとりだけで作っていてもこんな展開は起きない。
【2005/11/17 11:52】 | 音楽とコンピューター
夢見る時間
外は雨が降っている。冬がそこまで来ている。私達北陸の人間にとって冬は家に引きこもり春が来るのを夢見ながら過ごす季節だ。高校生の頃、私は真夜中の雪の降る町をさすらっていた。そして同級のRが街灯の下で雪の降るのを見上げながら踊っている光景に出くわした。なんとも言えない神聖な光景であった。普段は見えぬ彼女の激しさを感じた。

バルザックの作品にセラフィタという幻想的な名作がある。北国の人間が冬を生き抜くためには夢見る時間が必要なのだ。音は雪に吸われ、凛とした世界が広がる。全てを覆い尽くす真っ白な死の世界。雪国からしか生まれない作品だ。私が何かを作り出せるとしたら、それは本当にそこへ飛び込むことが出来た時だろう。そのためにも冬が必要なのだ。





【2005/11/15 01:37】 | 音楽とコンピューター
外は雨が降っている。冬がそこまで来ている。私達北陸の人間にとって冬は家に引きこもり春が来るのを夢見ながら過ごす季節だ。高校生の頃、私は真夜中の雪の降る町をさすらっていた。そして同級のRが街灯の下で雪の降るのを見上げながら踊っている光景に出くわした。なんとも言えない神聖な光景であった。普段は見えぬ彼女の激しさを感じた。

バルザックの作品にセラフィタという幻想的な名作がある。北国の人間が冬を生き抜くためには夢見る時間が必要なのだ。音は雪に吸われ、凛とした世界が広がる。全てを覆い尽くす真っ白な死の世界。雪国からしか生まれない作品だ。

今日、金沢市の担当者から連絡があって、観光会館での「めんたんぴん」の演奏は出来ないことになった。なんだかほっとしたような気持ちだ。抜き打ちの新聞発表からこれまでの出来事を通して、このことにエネルギーを使うことが本当にeAT金沢や金沢市のためになるのか、めんたんぴんのためになるのかを考えた。やれるならなんとかやっただろうが、今は静かな気持ちだ。

今いろんな曲を書いている。そしてそのルーツになった曲や体験を思い出している。あの頃良く聞いたレコード。単に記憶の一部というよりはもう自分自身でもある。私が何かを作り出せるとしたら、それは本当にそこへ飛び込むことが出来た時だろう。そのためにも冬が必要なのだ。


【2005/11/15 01:34】 | 音楽とコンピューター
起承転結
最近良いことと悪いことが交互にやってくる。普通ということが少なく、感情が動いてしまうようなことが多くなった。ライブを続けていることが引き起こす想定外の出来事だ。やはり「やってみないと解らない」ということだ。感情が動くと言葉が生まれる。ぴったりの言葉が見つかったりもする。しかし、詩を作ることがこんなに大変だとは思わなかった。短いパッセージは浮かんで来るが、それを活かして起承転結をつけるとなると大変だ。

学生には作品には起承転結が必要だ、喜怒哀楽だなんてえらそうに言ってるが自分はこの様だ。あまりにも大きな山を見てびびるようなき持ちになってしまう。ようやく麓まで来たのかもしれない。ギターの演奏でもある時にすっと問題をクリア出来ることがある。とにかく続けるしかない。締め切りじゃあるまいし何かが生まれる日は神のみぞ知るだ。

あるライブハウスで男が平和を訴えている。寄付をしてカンボジアにお金を送ると言う。嘘を言っているとも思えないので、彼は本当にそう思っているのだろう。実に不思議な気持ちになる。私は平和ではないということか。いや、やはりセンスの問題だ。センスが悪いとどうしようもない。説得する気にもなれない。

ようやく一人でのパフォーマンスに自信がもてるようになった。起きぬけでもギターを持てばすんなりと入ることが出来る。俺はこれを手にいれたかったのだ。周りに迷惑をかけつつも、ここまでやってこれたことに感謝したい。後は新曲つくりだ。自分の心を揺り動かすものを作りたい。
【2005/11/12 04:44】 | 音楽とコンピューター
Under Ground Live
8日はめろめろぽっちのUnder Ground Liveへ最後の参加。主宰者の佐藤卓路氏はもう30年前からフォークソングを歌い、私を支持してきてくれた男だ。池田がいないとめんたんぴんではないという方が少なからずいることはとてもありがたいことだ。

UnderGround Liveは前回で56回目、毎月第二火曜日に行われてもう5年も続いているものだ。佐藤氏の持続力に敬意を表したい。私が参加して3年近くになるのだが、最初の頃はまだ何のトレーニングもしていなかったので、15年ぶりにギターを持って歌うステージは今から考えると冷や汗ものだったが、佐藤氏は暖かく見守ってくれた。このきっかけが無かったらもう一度最初からトレーニングしようとは思わなかったかもしれない。

この3年の中で私のライブスタイルが確立し(それはやはりロック色が強くなっていった過程だったのだが)、暖かいフォークの世界とは徐々に合わなくなってきたと感じていた。それで、今回で卒業式ということで佐藤氏がセットしてくれた。これからは独力で新しい世界を切り開いて行こうと思いを新たにしている。本当にありがとう。

さて、昨日いつものようにコンタクトレンズで目がおかしくなってきて、すぐにはずして目を洗ったりしていたのだが、夕方はまだ大丈夫だったのだが夜半からずきずき痛み始め、夜中になると目が真っ赤になり涙が止まらない。朝になったら目医者へ行かなくてはと思いながら眠りについたのだが、痛みは増すばかり、とうとう顔の右半分に痺れが出てきて頭まで痛くなってきた。眠ろうと思っても怖いくらいに痛みが増していく。

とうとう我慢できなくなって起きたのが午前4時。鏡を見ると尋常ではないくらい眼が真っ赤になっている。おそるおそる近くにある金沢大学付属病院(近辺での緊急病院として最大の病院)へ電話する。当然眼科の当直はいないが、そんなにひどいならば来てください。先生を呼んでくれるという。お言葉に甘えてお願いした。

本当に歩きにくいくらい痛い。涙は喉がかわくくらい出っ放しだ。そして診療時間外待合室で待つこと15分くらい。池田さんどうぞと診療室へ入る。みるからに不機嫌そうな若い医者がいる。私は丁重に「お休みのところ申し訳ないです。」と言い状況を説明するも、医者の不機嫌は直らない。感染症で傷はないということで抗生物質入りの目薬の処方だけで治療は終わったが、帰りに「ありがとうございました」とは言えなかった。

目にガラスでも突きささっていなければこの医者は納得しないのだろう。失明するかもしれないと不安を覚えていたこともあって目薬をさして、精神的にも少しは楽になり、翌日言われたとおり近所の町医者へ行く。昨日とは打って変わって丁寧に目を洗ってくれて原因を探る。(昨日は見るだけで、治療はいっさいしてくれなかった)私は2週間で使い捨てのコンタクトレンズを使用しているのだが、毎日洗浄していないので菌が繁殖していたらしい。黒目が濁っているという。確かに昨日は痛いので目を開けることが出来なかったが確かに視界がかすんでいる。

そんなこんなで今日一日は仕事にならなかった。夕方くらいになってようやく痛みが取れてきたので少し仕事を片付けることができた。いやはやこんな日もあるものだ。
【2005/11/11 01:18】 | 音楽とコンピューター
この3日間
小松のライブは2次会なので夜8時くらいからというアバウトなものだ。飲み会が盛り上がれば遅くなる。遅いなあと思って時計を見ると9時30分だ。しかし、その頃からさんさんごごう会場である小松駅前のフルムーンカフェへ集まって来た。どんなステージにしたら良いのか考えあぐねていたが、一番最初に来た客筋が決め手となって、普段どおりロックテイストで行こう(もっとも私はこれしかできないが、相方の千田さんはBGM的なことが出来る)と思った。私にとっては嬉しいことだ。

まず、がつんとザ・ロナ(ニールヤング)で、後は一気にオリジナルナンバーを2曲。そして千田さんにバトンタッチでサンアントニオ(ダグサムのアルバムに入っていたカントリータッチの佳曲)につなげ、いつもの流れを創ることができた。投げ銭まであって結構集まる。後でチェックしたら2万円近くあり、中には国籍不明のコインあり。さすが国際的に活躍している長谷川さんの主宰するパーティーだ。

私は翌日のライブのためにそそくさと帰る。千田さんはその後深夜に渡って長谷川さんをはじめとする参加者とセッションがあったという。千田さんお疲れ様でした。私は金沢へ帰ったが食事もしたくないほど疲れて爆睡。起きたらもう朝の9時だった。機材は車に積んだままだったので、シャワーだけで鳥越へ向かう。

鳥越村のワンネス・スクールは前回の夏のイベントと比べて参加者も数倍になり、出演者も太鼓のグループなど多彩。出店も多くあって、私も知り合いのカレー店で食事。さて、出番前の音響のチェックを行うがPAのオペレートの人がいまいち配線等を把握していないらしく、いらないマイクがオンになっていたり、モニターが聞こえなかったり、ハウリングが続いたりして非常にやりづらい。ミュージシャンはどんなふうに聞こえているのかは実際には解らないのでこんな場合不安に負けそうになるが、しょうがない、ステージ上だけでも演奏しやすいように割り切るしかない。

目の前には2~3歳の子供が数人いたりするものだから、音量的に非常に気を使う。少し大きいかなと思いながら昨日とほぼ同じセットで始めたが、子供達は平気な様子だ。良かった。つつがなく演奏が出来た。終わってから妊娠10ヶ月の主催者の山田女史から夏の野外も良かったが今日も良かったと言われてほっとした。自分ではベストを尽くすも、どんな風に聞こえているかは解らないからだ。そして帰りにはギャラ以外に子供達と作ったと言う新米をいただく!

さあ。それから小松へ向かい、佐々木忠平氏とマネージャーの高橋氏とミーティング。eAT金沢出演の件を話し合う。思ったよりスムーズに出演可能を確かめることが出来た。金沢へ帰るも約束の須藤氏に「今日はもう疲れた」と飲み会をキャンセル。でも須藤さんはテリー・ライリーのライブで今月17日からまた金沢だそうだ。すみません、その時に。

明けて今日は午前中市立工業高校でのインストラクターを終えてeAT金沢事務局の松原氏との打ち合わせ。めんたんぴんが出演するとなると音響、照明でかなりの予算が必要になるという。後はeATの事務局との話合い次第。ボールは事務局に投げられた。

【2005/11/07 15:49】 | 音楽とコンピューター
ゆっくり飲めたらいいのになあ
今日の目覚めは良かった。最近セロニアス・モンクを聞きながら眠るのが良いのかもしれない。起きなければいけない時間よりも前に目が覚めるのはとてもハッピーなことだ。なんと言っても寝ているのが大好きな私だ。そんなこと言ってこれまで随分サボってきた。

ウオーキングを済ませ、シャワーを浴びて小松でのライブの準備を済ませる。これから昼食だが時間の余裕がある。5時くらいに家を出ればいいので、これからたまった仕事を片付けよう。いろいろあって、どれから始めようかと思うが、主に学校の準備とHPの制作だ。 最近パソコン教室を始めたおかげで普段あまり使わなかったソフトを良く使うようになった。自分の幅も少し広がって(太ったわけではない)なかなか良い感じ。勉強するのが苦にならない。

今日のライブは翌日が鳥越村での昼のステージなので、今日いかに早く切り上げて帰るかが仕事。鳥越村が終わった後は小松で忠平とミーティングだ。いろいろ話したいことがある。そして夜は21世紀美術館の仕事で来沢しているエンジニアの須藤さんと飲みににいく。これも翌日朝一番の講義があるのでかなり抑制しないといけない。ううむ、ゆっくり飲めたらいいのになあ。
【2005/11/05 14:17】 | 音楽とコンピューター
また仕事が入ってきた
左の指先から首にかけての痛みはようやく峠を越えたようだ。こんなことだけでも人間にはかなりのストレスになるものだ。やはり自分の体の管理は重要。ギターの弾き方に問題があるかもしれないなあ。

さて、また仕事が入ってきた(笑)今週の土曜日、小松の駅前にあるフルムーン・カフェ(老人用ではない!)での演奏だ。これは小松在住の世界的なデジタルアーティスト長谷川章さんが始めた「神泉」という酒蔵で行われるパーティーの二次会で、「神泉」はうまいからたぶん全員べろべろに酔ってくるはずだ。しかも長谷川さんの友人関係だけに全国、特に東京からの客が多く、耳も肥えている。面白い場になりそうだ。しかし翌日は鳥越村で、お昼からの演奏。翌日に備えて酒も飲まずに帰ることになる。神泉少しもらえないかな。
【2005/11/03 07:00】 | 音楽とコンピューター
創造研究家


社会との関係性をアートしています。自分の脳を創造し、その脳が何を作り出すのかが見たいという間接的な創造を考えています。

プロフィール

池田洋一郎

Author:池田洋一郎
アート系で社会との関係性を創造しています。ミュージシャンでありますが自分のイメージは少しずれています。自分の脳を創造し、その脳が何を作り出すのかが見たいという間接的な創造を考えています。

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